月夜はあの後、夕香たちを追ってきたらしい職員に捕まえられた。というより、月夜が
放出するその力に吹っ飛ばされた挙句、術で月夜を眠らせて捕獲したというのが、本当だ
ろう。
 月夜が意識を取り戻したのは三日後だった。意識を取り戻してから月夜は、服が式服で
はなく着替えさせられていたのを確認してどこかのホテルに軟禁されているのだなと判断
して体を起こした。腕は重いがどこか怪我をしているわけでもない。手枷をはめられなが
ら暴れていたせいか、手首に擦り傷があるがそれも手当てされている。寝かされていたベ
ッドから降りて窓から外を見ると雨が降り続いていた。
「異界が不安定なんだ」
 その声に驚いた。振り返ると、おそらく生きていれば父ぐらいの年齢、四十過ぎぐらい
の男が腕を組んでこちらを見ていた。
「あなたは?」
「俺は、任務上では、章と呼ばれている。まあ、名前からまんまつけた名なんだがな」
 肩をすくめて答える彼の顔に見覚えがあった。記憶を掘り下げていくと、父が出てきた。
「父さんの?」
「ああ、覚えていたのか」
 驚いたような顔をしている。確かに会ったのはもう十年ほど前の話になるが、術を教え
てくれていたから、かなり印象に残っているほうだ。
「……なんと言えばいいですかね。これは」
「こんな形で再会に言うことはないか。でも、俺は」
 声を潜めた。首をかしげると彼はニヤリと笑った。
「狼と手を組んで、お前を出す手筈は整えてあるんだ。優也の息子だ。あんな馬鹿すると
は思えないし、今春あがったばかりならばあんなことできるはずもない」
「あんなこと?」
「ああ、今回の発端で、異界で祀ってある神が暴かれ、殺された。後からして獣だろうと」
「で、何で俺と夕香が出てくるんですか?」
 もっともだ。それなら、嵐やその姉と妹、月夜の一族や、夕香の天狐は可能性が低いと
はいえ獣の一族だ。そのほかたくさんいる。
「やられたと思われるその時間帯に、ちょうど君たちの気配が現世になかった。つまり、
アリバイがなかったんだ。それだけで決めるのはあれだが、だからなんだ」
「いつですか?」
 聞いてみると、ちょうど夕香を取り返すべく異界に行っていたときらしい。
「どこにいた?」
「異界ですけど、夕香と、俺と、白空といましたけど? 白空ならば使い魔で神殺しでき
ると思います。意見を聞いているわけではないでしょうけど、俺でもわかるようなこと、
何で上は?」
「はみ出し者の藺藤だからじゃないか。今始末してしまえば、後々泣かない、それに、天
狐の姫と組むなんてな」
「上のほうで審議した結果じゃないんですか? これって」
「いや、薬居のごり押しだ」
 そこで眉をひそめた。本来ならば、任務で組まされる相手は審議会できちんと審議され
てから正式に決まるのだ。審議会や上層部に力ずくで意見を通させる教官は想像できるが、
想像できるだけでとまる。
「じゃあ」
「薬居の思惑だろ。いろいろ考えているみたいだしな」
 何をといいかけたが独りで動いているらしい教官の考えなど読めないだろう。愚問だな
と思い直して咳払いをした。
「で、実際、どうなんだ?」
「やるわけないじゃないですか。今春上がったばかり何ですから、夕香の神気を持っても
そんな神殺し、できると思ったんですか? 俺の霊力の触発でもあの屋敷半壊程度だった
んですからね」
 その言葉に章はタバコをくわえ肩をすくめた。
「俺に言われてもな。まあ、もっともだと思うが、な」
 語尾が下がった。月夜は眉を寄せてそれについて聞こうとしたがふと扉を隔てて向こう
に懐かしい気配があるのに気づいた。
「お迎えが来たようですね」
「そのようだな」
「落としていきますか?」
 それとも、一緒に来ますかと聞くと章は肩をすくめた。どうやらどっちもいやらしい。
どっちにせよ彼の責任は免れない。
「落ちていたほうがいいようですね。あと、係りの人たちによろしく言っておいてくださ
い」
 そういうと月夜は章のうなじに手刀を落としてそっとベッドに寝かせた。そして扉を開
きそこに居た、一人の茶髪の女を中に入れてため息をついた。
「嵐が呼びかけてきたんですか?」
「ああ。中から逃げるのは無理だな。あたしが確認としてくるだけだから」
「そういうことですか」
 何かを悟ったらしい月夜はげんなりとしつつもうれしそうにそういった。窓を開けて外
に出ようとしたが肩が邪魔になって出られなかった。
「ということですけど」
「化けろ」
「りょーかい」
 とりあえず肩幅が広くならないように女に化けて、化けるならどうせと思い黒髪の純和
風の美女になった。プロポーションも抜群の純和風の美女は黒いライダージャケットを着
込んでいる。それを見て女は面白そうに月夜を見た。
「わ、化けた化けた」
「行くならはやく」
「声も化かさないと」
「んなの別にいい。で?」
 催促すると彼女は窓から一方向を指差して見せた。一つのタクシーがそこにぽつんと止
まっている。タクシーの添乗員を装ってきたようだ。月夜は長い黒髪を一つに束ね窓から
体を躍らせた。女も続く。しなやかな肢体が宙に浮かび見事に二人の美女は地上に着地し
た。
「こっち」
 月夜は女に先導を許してついていった。雨は痛いほど冷たく鋭い。女が乗ってきたらし
いタクシーに乗り込むとすぐに術を解いた。一瞬で疲れ果てた表情の月夜に戻る。
「なんか起こったのか?」
 低い問いに月夜はうなずいた。よくはわかっていないが何かどころではないなと溜め息
をついた。
「ああ。それより、姉貴、嵐と落ち合えるか?」
「それはもう。どうした?」
「すぐに夕香を連れて落ち合う場所に来いといってくれ。取り込み中じゃなければ」
 女は、どことなく嵐に雰囲気が似た嵐の姉、凛はとってつけられた最後の言葉に苦笑し
た。
「現抜かしてるか? あの馬鹿」
「それなりに。シモ好きな癖して初心だから、からかうの面白いですよ」
「そうか。じゃあ、やってみようか」
「露骨なのは避けて間接的にじわじわとやるのがコツです」
 意地悪く言う月夜に腹黒いなと思いつつも自分も黒いことを知っている凛はあえて何も
言わないでいた。ワイパーが冷たい雨を薙ぎ払って暗くなっていく道路を突っ切っていく。



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